言語聴覚士のコラム

【言語聴覚士が解説】ことばの発達を支える力「ワーキングメモリ」とは?

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子どものことばの発達について考えるとき、語彙の数や発音の正確さに目が向きやすいものです。しかし、ことばは語彙や発音だけで育つわけではありません。その土台となる力の一つが「ワーキングメモリ」です。

言葉を覚えること、会話をすること、ひらがなを読むことなど、多くの場面でワーキングメモリが働いています。

この記事では、幼児期のワーキングメモリの役割やことばの発達との関係、家庭でできる関わり方について、言語聴覚士の視点から解説します。

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言語聴覚士
Profile
『子ども分野の言語聴覚士(小児ST)』として働いています。支援に関わる中で、「こんな教材があったらいいな」と感じたものを形にし、プリントを作成しています。

ワーキングメモリとは

「覚える」と「考える」を同時に行う力

ワーキングメモリは、よく「頭の中のメモ帳」に例えられます。聞いたことや見たことを一時的に覚えながら、同時に考えたり行動したりする力のことです。

例えば、「靴を脱いで手を洗ってきてね」と言われたとき、子どもは聞いた内容を頭の中に保持しながら順番に行動しています。ただ記憶するだけでなく、その情報を使って考えたり行動したりするところが特徴です。

幼児期のワーキングメモリは発達途中

ワーキングメモリは生まれつきの個人差もありますが、脳の発達とともに少しずつ成長していきます。

例えば、「靴を持ってきて」という一つの指示しか通らなかった子どもが、やがて「靴を持ってきて、玄関に置いてね」という2段階の指示も理解できるようになります。このような変化の背景にも、ワーキングメモリの発達が関係しています。

音韻ループとは

ワーキングメモリの中でも、聞いた言葉の音を一時的に保持する仕組みを「音韻ループ」と呼びます。

子どもが「ティラノサウルス」「ショベルカー」「ダンゴムシ」などの新しい言葉を覚えるとき、まず音を頭の中に保持します。この音韻ループが働くことで、言葉の意味と結び付けたり、後で真似して言ったりできるようになります。音韻ループは、語彙の獲得を支える大切な仕組みと考えられています。

Q
言語聴覚士コラム:なぜ「りんご」を「ご」と言うの?

言葉が増え始めた頃の子どもの中には、「りんご」を「ご」、「アンパンマン」を「まん」、「ぶどう」を「う」のように、言葉の最後の音だけを言う子がいます。

これにはさまざまな要因が関係していますが、ワーキングメモリの発達もその一つです。言葉を覚えるためには、音の並びを頭の中に一時的に保持する必要があります。その際、最後に聞いた音は記憶に残りやすいため、発話として最後の音だけを言うと考えられます。

子どものことばの発達は、語彙や発音だけでなく、音を保持する力の成長とも深く関係していると言えます。

ワーキングメモリとことばの発達

ワーキングメモリは、子どもが「聞く」「覚える」「話す」「読む」といった活動をするときに、いつも働いています。ことばの発達とワーキングメモリの関係を、具体的な場面で見ていきましょう。

話を理解する力を支える

会話や絵本を理解するためには、聞いた言葉を頭の中に保持する必要があります。

例えば「うさぎさんがにんじんを持って森へ行きました」という文章を理解するには、「うさぎ」「にんじん」「森」という情報を一時的に覚えておかなければなりません。

ワーキングメモリは、言葉と言葉をつなげて意味を理解するための土台になります。

新しい言葉を覚える力を支える

子どもは毎日の生活の中でたくさんの新しい言葉に出会います。新しい言葉を覚えるためには、音を聞き、音を保持し、意味と結び付けるという過程が必要です。ワーキングメモリは、この一連の流れを支える重要な役割を担っています。

2語文・3語文の発達を支える

ワーキングメモリは、言葉を組み合わせる力とも関係しています。「ママ」「わんわん」という1語だけの発話から「ママ きた」「わんわん いた」という2語文へ発達するためには、2つの意味を同時に頭の中で保持する必要があります。3語文になるとさらに多くの情報を保持しながら話さなければならないため、ワーキングメモリの発達は文の長さや会話の発達とも深く関係しています。

音韻意識や読み書きを支える

ワーキングメモリは、音韻意識とも深く関係しています。音韻意識とは、言葉を音の単位で捉える力のことです。しりとりや「りんごの最初の音は何?」といった遊びでは、言葉全体を覚えながら音を操作する必要があり、ワーキングメモリが活躍しています。

また、ひらがなを読むときもワーキングメモリが働いています。「さくら」を読む場合、最初に読んだ「さ」を覚えながら次の「く」を読み、さらに「ら」をつなげて一つの言葉として理解します。このように、読んだ音を一時的に保持しながらつなげるため、ワーキングメモリが重要な役割を果たしています。

子どものことばの発達を考えるときは、「どれくらい言葉を知っているか」だけでなく、「言葉をどれくらい保持・処理できるか」という視点も大切です。

Q
もっと詳しく知りたい方へ:ワーキングメモリの仕組み

ワーキングメモリは、「中央実行系」「音韻ループ」「視空間性スケッチパッド」の3つの要素から成るとされています(Baddeley & Hitch, 1974)。

中央実行系は、ワーキングメモリ全体をコントロールする司令塔のような役割を担っています。注意を向ける対象を選んだり、複数の情報を整理したりする働きがあり、会話の流れを追いながら適切な返答を考えるといった場面で活躍しています。

音韻ループは、聞いた言葉の音を頭の中で一時的に保持する仕組みです。新しい言葉を覚えたり、ひらがなを音としてつなげながら読んだりする際に重要な役割を果たします。

視空間性スケッチパッドは、形・色・場所などの視覚的な情報を一時的に保持する仕組みです。パズルや積み木、地図を読むといった活動で使われます。

ワーキングメモリが未熟な子どもに見られる様子

幼児期はワーキングメモリが発達途中であるため、以下のような様子が見られることがあります。

  • 長い指示が入りにくい
  • 話の途中で内容を忘れてしまう
  • 新しい言葉を覚えるのに時間がかかる
  • しりとりが苦手
  • ひらがなの習得に苦戦する

幼児期は誰でも発達途中であり、これらの様子が見られること自体は珍しくありません。年齢や経験によって大きく変化していきます。

日常の遊びと関わりがワーキングメモリを育てる

ワーキングメモリは、歩行や言葉の発達と同じように、脳の成熟とともに自然に発達していく力です。特に前頭前野と呼ばれる脳の領域の発達が深く関係しており、年齢とともに少しずつ容量が広がっていきます。

特別な教材やトレーニングがなくても、日常生活の中で少しずつ育っていきます。「鍛える」というよりも「脳の発達とともに、たくさん使うことで育つ」と考えるとイメージしやすいでしょう。

家庭でできるおすすめの遊び

日常の遊びや会話は、楽しみながらワーキングメモリを使う機会になります。特別な準備は必要なく、普段の生活の中で取り入れられるものばかりです。

家庭でできるおすすめの遊び
  • 絵本の読み聞かせ
  • しりとり
  • カルタ遊び
  • ごっこ遊び
  • 伝言ゲーム

絵本の読み聞かせ

ページをめくるたびに、前の場面を覚えながら次の展開を理解する必要があるため、自然とワーキングメモリが使われます。例えば「うさぎさんが森へ行ったから、次は何が起きるんだろう?」と先の展開を考えながら聞く経験が、ワーキングメモリを使う機会になります。難しく考えず、子どもと一緒に楽しみながら読むことが大切です。

しりとり

前の言葉を覚えながら次の言葉を考えるため、音韻意識とワーキングメモリの両方を育てることができます。最初は何でもありのしりとりから始め、慣れてきたら「動物だけ」「食べ物だけ」などテーマを決めると難易度が上がり、さらにワーキングメモリを使う機会になります。子どもが詰まったときは「『り』から始まる言葉、何があるかな?」と一緒に考えることで、楽しみながら続けられます。

カルタ遊び

聞いた音を保持しながら札を探すため、言葉の記憶力が養われます。市販のカルタでも十分ですが、親子で簡単なオリジナルカルタを作るのもおすすめです。最初は札の枚数を少なくして、慣れてきたら少しずつ増やしていくと、無理なく取り組めます。

ごっこ遊び

役割や場面設定を覚えながら遊ぶことで、言葉と記憶を同時に使う経験ができます。「お店屋さんごっこ」では「りんごを2つとバナナを1本ください」のように複数の情報を含む注文をやり取りすることで、自然とワーキングメモリが使われます。子どもが店員役・客役の両方を経験できるように交代しながら遊ぶとより効果的です。

伝言ゲーム

聞いた言葉を頭の中に保持しながら次の人へ伝える遊びは、ワーキングメモリをたくさん使います。家族全員で輪になり、最初の人が「赤いりんご」など短い言葉を耳打ちするところから始めましょう。慣れてきたら「大きな青いバスが走っている」のように少しずつ長くしていきます。正確に伝えることよりも、楽しんで取り組むことを優先しましょう。

まとめ

ワーキングメモリは「覚えながら考える力」です。話を理解する、新しい言葉を覚える、2語文・3語文を話す、音韻意識を育てる、ひらがなの読み書きを行うなど、ことばの発達のさまざまな場面を支えています。

幼児期のワーキングメモリは発達途中ですが、絵本や遊び、会話などの豊かな経験を通して少しずつ育っていきます。語彙や発音だけでなく、その土台となるワーキングメモリにも目を向けてみると、子どもの成長をより深く理解できるかもしれません。

記事内の一部内容には、言語聴覚士としての臨床経験や観察に基づく考察が含まれます。

参考文献
  • Baddeley, A.D. (2007). Working Memory, Thought, and Action. Oxford University Press.
  • Gathercole, S.E., & Baddeley, A.D. (1993). Working Memory and Language. Lawrence Erlbaum Associates.
  • 湯澤正通・湯澤美紀『ワーキングメモリと学習困難』北大路書房.
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